ぶれない生き方に憧れる人は多いはず。
価値観に迷いがない生き方ってうらやましい気がします。
でも、みんなが言うぶれないってほんとはどういう意味なんだろう。
そういえば先日読んだ本に興味深い記述がありました。
中庸の大切さを説いた沢庵禅師の言葉として
心は海のようであれというのがあるそうです。
岸に接している海は波として絶え間なく動いていて、
だからこそ海の中心は動かないでいられるという意味だそうです。
ぶれないことと動かないことは違うはずなのに
いつのまにか絶対動くもんかとふんばってる自分。
でも、ふんばりながら自分がいったいどこにいるのかさえわからなくなって。
そういうときこそあえて、ふり幅を大きくして心を揺らしてみる。
そうしてはじめて真ん中がわかるという話。
やっぱり偉い方の言葉は偉大です。
こりかたまった考えがふにゃふにゃほぐれていく感じ。
もちろん前を見すえて動かず凛とした生き方は美しいと思います。
でも、たまにはぶんぶん揺れてみる。
答えなんていくらでもあるから。
絶対譲れないと思うことでも一度ちょっと見方を変えてみる。
やっぱり譲れないことかもしれないし、たいして重要じゃないことかもしれない。
いずれにせよ、その心のこだわりを壊す作業自体が
人生を豊かにすると思います。
心も動かさないといざというとき動けなくなるもの。
しなやかに動く心でうれしいことも悲しいこともふんわり受け止めていきましょう。
なにごとも、やりすぎは禁物。
できればいろいろなことを削ぎ落としすぎずに生きていきたいものです。
心には少し余分なお肉が付いてるくらいがきっとチャーミング。
そういえばD&D144はおしり(?)の部分がちょっとぷっくりしています。
この余分に見えるふくらみが光にいい味を出してくれるんです。
ほっこりと、いろいろなところが輝くひとになりたいものです。